書道教室

小学生の頃は、書道教室に通うのが常でした。
子供なので、書道というより習字という程度のものでしたが。

正座が辛いのなんのって、だから足の長さの発育がイマイチだったと今でも思う。

わりと近所で週2回、友達と一緒に通っていました。
硯で墨をするのは面倒くさかったですが、途中から市販の墨汁を使う事が許可されるようになりました。

小学校の4年間真面目に通って腕前も1級になったはずなのに、ふだん鉛筆で書く文字に全然反映されなかったのが不思議です。

中学生の頃に、かわいいと言われるマンガ字に熱中したため、よけいにきれいな字とは無縁な字になってしまいました。

今思うと、あの4年間は果して意味があったのだろうかと思うのですが、友達の中には段を取得して、ふだんの字も見とれるほどきれいな字の人もいるので、やはり人それぞれということなのです。
ところが、もう書道には未練も何もありません。

辛い想い出しか無いですから。
やはり何事も楽しみを自分で見出せないとダメですね。
当時の指導者は、自分が体感した楽しさを押し付けることが「指導」だと思い込んでいたでしょう。

全く、昔のコーチングっていい加減だったんですね。
体系化されずに、一個人の体験が全ての指導の源になっていますから、視野が非常に狭いわけです。
それでは、師として尊敬出来ないですよ。

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